Supplement Lecture
〜達人に聞く〜
今回の達人
ケン・ジョセフさん
寒い東北での救助活動中、ストーブのまわりに座り、ひとときの休息をとるボランティアたち。災害用グッズの中に、防寒用途のアイテムを用意しておくことも必要
日本緊急援助隊が仕様している軽自動車は、実は九州在住のNTTのOBの方がプレゼントしてくれたもの。ケンさんのテレビ出演を見たことがきっかけで知り合い、スタッフをボランティアとして派遣してくれたり、地元にケンさんを招いて講演会を開くなど、さまざまな面で活動をバックアップしている「やはり、人を助けられるのは人しかいないのです」とケンさん。今回も無理を承知で協力を依頼したところ、2台の中古の軽自動車を探して贈ってくれた。ガソリン不足で、道も狭くなっている被災地では軽自動車は何よりの武器になる。ボランティアの送迎、食事や機材の運搬などなんでもこなす九州ナンバーの軽自動車が、東北の被災地を今も元気に駆け巡っている。
東日本大震災に学ぶ
災害を乗り越えるために
必要なこと
死者、行方不明者合計1万9,000人。
避難者数約33万人。
大きな爪痕を残した東日本大震災は、数字だけではなく、
原発、電気の供給など日本の社会も変えるような大きな災害となった。
生き残るためには何が必要なのか。
『日本緊急救助隊』として、
これまで阪神淡路大震災、奥尻島大津波、湾岸戦争や、サンフランシスコ大地震など
国内外の被災地の救助を行なってきたケン・ジョセフさんに
「いざというときの心構えと準備」について聞いてみました。
ホテルに泊まったら、
非常口のドアノブをつかんでみる。
『日本緊急救助隊』としてこれまで数々の国内外の被災地の救助ボランティアとして活躍しているケン・ジョセフさん(以下ケン)に、災害の中で生き残るために必要なことを聞いてみました。
―これまでの様々な災害現場と比較して、東日本大震災はケンさんの目にどのように移りましたか。
ケン まったく比較になりませんね。今回は僕たちの78回目の出動でしたが、阪神淡路大震災、ソマリア紛争よりも大変でした。地震が起きたとき僕は都心にいましたが、家族の安否確認のため郊外にある自宅に戻り、その後すぐに行動を開始しました。初動を早くすることは人命救助を急ぐという意味のほかに、規制が始まる前に動かないと現地にたどり着けない可能性がでてくるからです。言葉は悪いけれども、行政などがパニックで昨日していない間に動くということです。高速道路の入口では軽自動車に乗っている私たちを見て、係員が少し怪訝な顔をしましたが、車体に書かれた『日本緊急救助隊』という文字に効果があったのか無事、高速に乗ることができました。ただ道路のあちこちが陥没していたので、仙台に着いた頃には夜が明けていました。
 現地をひと目見てすぐ、その被害の甚大さを認識しました。地震、火事、津波、そしてあとから発生した放射能の問題。被災地には二重三重の苦難が立ちはだかり、救助活動も影響を受けました。
―救助活動も勘案がありましたか。
ケン ガソリンがなかったですからね。しかし、良い経験もありました。僕たちは仙台市役所の一部を借りて対策本部を設置したのですが、あとから突然責任者の方が「通常教務を行うから、出ていってくれ」と言ってきたのです。こういうことは今まで何度も経験してきました。ところが今回は職員たちが上司に向かって「なにが通常業務ですか。ここに3000人の被災者が避難しているんですよ。救助のノウハウを持っている彼らを追い出してはいけません」と泣きながら談判したんですね。頭が硬いと言われる行政組織で、部下が上司に意見をするというシーンを僕は初めて見ました。それだけ切羽詰まった深刻な被害であっという証拠でもあります。結局、僕たちはその場での活動を再開することができました。その責任者の方の名誉のために付け加えると、その後彼は誰よりも献身的に救助活動を行なっていました。
 初体験の大きな災害に遭遇すると誰でも頭の中が真っ白になってしまい、判断力が低下してしまいます。ですから、この大震災を機に救急時のシミュレーションをしていくことが大切です。
―災害に対処するための助言などはありますか。
ケン 常日頃から準備をしておくということです。最初の数秒間の判断を間違えないためには、地震や津波に対する正しい知識をつけておくことが大切です。次に必要なのは訓練。今回も日頃から訓練をしている学校はうまく避難できましたね。どうも避難訓練というと馬鹿にする人が多いようですが、シミュレーションしておくことで、いざというときに取るべき行動を思い出せるのです。ビジネスホテルに宿泊するときには、避難経路を確認することはもちろん、部屋から出て実際に非常口のドアノブを握ってみるぐらいしていてもいいでしょう。
 それから、被災後の混乱のなか、数日間を過ごすための重要事項として寒さ対策があります。今回、震災後の数日間で寒さのためになくなった方がたくさんいらっしゃいました。僕達は救助活動中、避難所で被災者と暮らします。被災者の苦労を知らないと信頼関係を気づき、受け入れてもらうことが難しくなるからなのですが、そのときに、本当に寒かったことをよく覚えています。ですから食料だけではなく寒さ対策も頭に入れて災害に備えてください。
被災時に家族の安否を確認できないと何も手に着かない。
―他に必要な準備がありますか。
ケン まず、特に必要なのは家族との連絡方法です。家族の安否がわからない間は、気持ちが落ち着かないため何も手に着かず、判断も鈍り、大変危険な状態になります。二次災害にも遭いかねません。家族で、災害時にはどこに連絡するとか、どこに集まるとか、あらかじめルールを決めておいてください。NTTグループには災害用伝言ダイヤルや伝言板などのサービスがありますが、家族皆がきちんと使えるように確認しておくこと、さらに電話が通じない場合の対応も決めておくことですね。
 心構えとしては、被災地での主役は被災者だということを忘れないでください。外から救援のプロが来たからといってすべてを任せるのではなく、自分たち被災者が進んで生き残るための努力することが必要なのです。
―災害においてNTTグループに期待されることはありますか。
ケン ガス、水道、電気の3つのライフラインとともに「情報」のラインというのは災害時には欠かせないものです。今回の震災において電話に関して言えば、応急処置を含め、さまざまな努力をしていただいたおかげで、僕の経験した範囲ではわずかの間不通になっただけでした。これは素晴らしいことです。これからも災害時に強い通信網というのを確保していって欲しいと思います。
 また、災害から立ち直りの早い地域、自治体には特有の資質があります。それは普段からコミュニティ意識が高いということです。地域コミュニティ意識の希薄な都会の場合、そこが弱点になります。ですから、NTTグループには地域コミュニティづくりのためのソリューションに力を入れて欲しいですね。
 それで思い出しましたが、私にはNTTグループOBの支援者がいます。電電公社時代に知り合った方ですが、九州で仕事をされていて、これまでに何人ものボランティアを派遣してくださいました。今回も中古の軽自動車を2台送っていただき、本当に助かりました。
―今回の災害で気付いたこと、感じたことがあれば教えてください。
ケン まず良かったことは、あまり知られていませんが、今回は国、地方自治体、民間がかなり早い段階で協力体制をとりました。国土交通省が僕達に情報や判断を求めてきたこともあります。
 逆に悪かったことは、被災者たちは国内の情報をほとんど信用していませんでした。「数ヶ月後には『実は…』と言い出すに決まっている」と、客観的な海外の報道から情報を得ている状態でした。国内より海外の情報の方が信用できるというのではまずいですよね。やはり情報というものは速やかに正確に公表すべきです。公表する側が考えるほど日本人はパニックにならないですよ。被災者の方たちはとても冷静でした。
 最後になりますが、今、被災地を歩くと気づくことがあります。お年寄りの夫婦が手をつないで歩いているんです。人間って共通の不幸を体験すると、互いに寄り添い合い、支え合うのですね。それから、若者が故郷に帰ってきて小さなお店を出したりしています。その姿がとても生き生きしているのです。ある意味、戦後の東京が焼け野原から復興したときのような感じなのでしょうか。自由な空気が将来への夢と希望を描き始めたという感じがします。
 今回の東日本大震災では、あまりにも大きな犠牲を払い、今なお続くさまざまな問題を抱えていますが、僕はこの二つの景色に慰められるとともに、街を元に戻すだけではなく、より逞しくより良い社会へと生まれ変われると信じる気持ち、またそうしなければならないという気持ちを一層強くしました。