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NO.9

 前回(三月二十八日付)、書かせていただいた「三浦友和さんの巻」の続きです。

  出会いは昭和五十四年ごろ、ぼくが米国留学中、ロサンゼルスにCMのロケに来た三浦さんをガ
イドしたときでした。その半年後に三浦さんが再びロスを訪れ、ともに数週間を過ごすなかでさら
に親しくなり、翌五十五年、東京・霊南坂教会で行われた百恵さんとの結婚式では、すぐそばで二
人を祝福することができました。
           
  ご縁はその後も続きました。息子さんたちが小さかったころは、ときどき東京・国立市の三浦さ
んの自宅にお邪魔しました。いつごろからか、三浦さんも百恵さんも、ぼくのことを「ケン坊」と
呼ぶようになりました。
           
  十年ぼど前に、出版された本『だいじょうぶ日本』の中には、三浦さんとぼくとの対談も収めら
れています。今では互いの誕生日などで年に数回会うくらいですが、電話は結構ひんぱんにかけあ
っています。  

 三浦さんは、ぼくらが出会ったときのことを、「ケンがあのとき、ぼくと普通の人と同じように
接してくれたのがうれしかった」というようなことを言っていたのを覚えています。

 ぼくにとっては、彼は兄貴のような存在で、ぼくが時間にルーズだったり、約束を先延ばしする
のが度重なったりすると、「そこがきみのダメなところなんだよ」と、ビシッと言ってくれます。
それから、三浦さんの口癖は「ケン坊、早く結婚しろよ。おまえ、いくつになったんだ」。大きな
お世話だよ、と思いながら、ありがたいです。

 ぼく自身、四人兄弟の長男で、幼いころから兄がほしかった。年上の三浦さんのことを、勝手に
「三浦くん」なんて呼ばせてもらいながら、こころの兄のように思っています。たとえ、血のつな
がった関係ではなくても、率直に話ができる「家族」として、これからも大切にしていきたいと思
います。  
 
(助世夫 健)


 毎週木曜日に掲載していたこの連載を、今月から月曜日のレギュラーにします。連載のタイトル
カットも、ぼくの似顔絵から写真にしましたが、いかがですか? 
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