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NO.6

石原慎太郎さんは、いくつかの外国から「危険な発言をする政治家」とか「極端なナショナリス
ト(国家主義者)」などと指摘されるときがありました。ぼくには日本人以外の友人、知人も多く
いますが、東京都知事としての決断力、行動力を評価する一方で、石原さんの、特に発言について
の評判は必ずしもよくありません。日本に住む外国人が居心地悪くなるようなコメントもしたから
でしょう。

石原さんとは、ぼくたち日本緊急援助隊の災害被災地への援助活動を始めたころに出会いました。
数年前、ぼくは何人かと一緒に石原さんとお茶を飲んでいたとき、「あなたのような考え方をする
と、ぼくや友人たちは日本にいられなくなります」と単刀直入に聞いてみました。

すると、「ケン、心配するなよ。日本にずっといて、思った通りの活動を続けなよ ぼくの発言
が、時に誤解されるのには理由があるんだ」と言いました。ぼくが首を傾げていると、石原さんは
こう続けました。「人というのはね、自分が言っていることの半分くらいしかついてこないもんだ
よ。もし相手に『百』を伝えたいなら、『二百』を語らないと」

そして、「日本は誤解されている。人(外国)の目線をいつも気にして、頭を下げているばかり
じゃだめなんだ」と、穏やかな口調でしたが、確信に満ちた表情で話しました。

石原さんは終戦を青年時代、神奈川県の葉山で迎えました。進駐軍が町に入ってきたとき、地元
のみんなが深く頭を下げていたのに、石原さんは「その必要はない」と、アイスキャンデーを食べ
ていた。すると、米軍の人がそばにきて、彼の頭をポンッとたたき、アイスを取っていってしまっ
たそうです。

こうした体験から、あのベストセラー『NOと言える日本』を書いた素地がはぐくまれたのかど
うかは分かりませんが、最近になっても「日本は、やみくもに頭を下げない国になってほしい」と
言い続けています。

日本緊急援助隊が三宅島や神津島での復興作業をしているころにも、石原さん都庁でお会いする
機会がありました。いつものように背筋がピンと伸び、堂々としています。いつか石原さんは言っ
ていました。

「立ち方、歩き方は大事だよ。自分の言葉に責任をもっているならね。逆にまっすぐに立っていら
れないなら、発言しちゃだめだ。まずは自分を信じなくてはね」

ぼくもその点は見習って、人に何かを伝えるときは自信をもって、いつもよりひとまわり大きな
声で話すようにしています。

(助世夫 健)