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NO.2
    口ヒゲに、あごヒゲ、険しい表情・・・。  先日、田中真紀子前外相とともに解任が決まった
野上義二外務省事務次官はテレビのニュースやワイドショーを通じて、お茶の間でもすっかりお
なじみの人になりました。
 「言った」とか「言わない」とか、よく分かりませんが、彼も国会混乱の責任をとる形になり
ました。しかも野上さんの場合は「真紀子さんを泣かせた一人」として、茶の間には相当、印象
悪く映ったはずです。
 ぼくが野上さんと初めて会ったのは平成三(一九九一)年、クルド人難民への支援を検討する
会合が外務省で開かれたときのことです。さまざまなNGOの代表者たちとともに、ぼくはJE
T(日本緊急援助隊)のメンバーとして出席、野上さんはその会合の司会かコーディネーターと
いった立場だったと記憶しています。
 各団体の活動報告を聞く野上さんの顔は、そのときも怖そうでした。当時、JET以外のNG
Oの活動は寄付金を集めて現地に送るというのが大半で、報告がぼくたちの番になり、「メンバ
ーが十数人、現地に入って援助活動をしている」と伝えると、ムッとした表情で隣にいた秘書官
にこう言いました。「あいつらは何なんだ。どうやって現場に入るんだ?」大きな声だったので、
ぼくらにも聞こえました。JETが世界各国のキリスト教団体などとネットワークを持ち、現地
で何が必要かといった情報が入りやすく、こちらのメンバーに宿の提供を快くしてくれるという
ことを聞いて、野上さんは納得したようでした。
 会合の後、野上さんは「今後、災害などの緊急時には民間(NGO)と外務省との話し合いを
持とう」と約束しました。当時の外務省は民間に対して硬い空気があったので、ぼくたちは野上
さんの姿勢を歓迎しました。恐らく外務省の中でNGOを初めて評価したのは彼だったのではな
いでしょうか。
 そんな縁から、折あるごとに野上さんと会う機会があり、彼のパーソナリティーが少しずつ分
かってきました。つりズボンのサスペンダーの収集家で、ぼくが珍しいサスペンダーをプレゼン
トすると、野上さんは少年のような笑顔をこぼします。
 野上さんだけでなく外務省の多くの人は、日々の超過勤務と海外との往復からくる時差ボケに
たびたび悩まされながら外交のために働いています。
 人には、実にさまざまな面があります。あなたの嫌いな人、悪い印象を持っている人の、別の
面を探すことは少し難しいけれど、きっと無駄にはならないと思います。 
(助世夫 健)